2017年11月5日日曜日

11月5日(日)女教皇・ペンタクルスace

昨日に引き続き、今日のカギがペンタクルスace
偏りが生じている。

ペンタクルスace
両脇に白い花が咲いた道の先には、赤い花が咲いた樹々で出来上がったアーチがあります。
アーチの向こうには、遠く青い山が見えます。

白い花、赤い花、アーチ、青い山などの象意はなんども繰り返し書いています。




アーチをくぐり、山へ向かうも留まるも自由なんだな。
門から出ようとする大アルカナはなんでしょうか?ヒントは灰色。




畑に咲いた白い花。
描かれてはいませんが、荒れ地を畑にする行為も含まれているのがペンタクルスaceです。
一年や二年では畑を耕し花を咲かすことはできません。長年の地道な作業も暗示するタロットです。




そうだねぇ。
アーチをくぐったら帰ってこられないのかもしれない。それでもいいですか。




女教皇
穢れなき永遠の乙女。
いま午前二時過ぎ。隣で猫が寝ている。雌猫で小さいころに去勢して家猫として飼っているから処女だ。
別に処女かどうかは、穢れと関係はないと思うんだが、女教皇はイシスとも考えられ聖なる処女マリアと同一視されています。

 サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は真理の性格をあらわすものとして、ヨーロッパで好んで引用された。ノヴァーリスの『ザイスの弟子たち』はイシス神殿の学生たちを登場人物としたものである。
Wikipediaより

真理がベールの向こう側に描かれています。
言葉にはならないものが描かれています。
まずは、心を鎮めてベールの向こう側をイメージしてみましょうか。





女教皇・ペンタクルスace
向こう側の世界へ行く準備を静かに行う。





以前にも書いたことがあるけど、理想の死に方を想像するのは、よりよく生きるために役に立ちます。
いつ来るかは分からないけど、必ず来る自分の死。

死に際を想像して、その時点から振り返って現在を見る。

例えば家族に囲まれて死ぬ場面が理想なら、今現在に家族を大切にしているかがよく見える。家族を大切にしてない人が家族に囲まれて死ぬことは無いからね。

身元不詳の行旅死亡人として死にたいのなら、仕事や家族を大切にしている場合ではない。

何をすれば良いかが見えます。






昔は、身元不詳の行旅死が理想だったんだ。
70年代、麻布十番の雑貨屋。
閉店時間を過ぎ、灯りを落とした店内に何人かが集まり、静かに音楽を聴いたりボソボソと語り合っていた。「ここで死んだら免許証などを抜いて公園に運んでしばらく身を隠す」というのが暗黙の了解事項だった。

そんな事態にはならなかったが、数十年が過ぎた今、あの頃に集まってた仲間はみんな死んじゃった。とっても淋しいよ。





Love & Peace
南無阿弥陀仏

今月【11月7日~12月6日】の運勢を掲載しています。
中川昌彦オフィシャルサイト→ http://www.uranai-japan.jp/
占いを受けた体験談を1500文字くらいで書いてくださる方を募集しています。



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2017年11月4日土曜日

11月4日(土)女教皇・ペンタクルスace

今日は東京占いマクトゥーブに12時から21時ころまでいます。
今月は、女教皇。今日は、ペンタクルスaceが鍵。

ペンタクルスace
畑を耕し、種を蒔く。肥料や水をやり時を待つ。
白い花と赤い花が咲く。
植物は生い茂りアーチができる。扉が開く。

開いた扉から遠くに青い山が見える。そこへ至る道ができる。

ものすごく時間がかかり、根気のいる作業が待っています。
始まりです。始まりに過ぎないが、始まった。





始まり。
始まったら、続けるか止めるか、どちらかしかないみたい。
人生みたいなカードです。生まれてしまったら、生き続けようとするか、生きるのを止めようとするしかない。


さっき、警察庁と厚労省の統計をみてたけど20代、30代の自殺者が増えているようです。
昔から20代30代の自殺者は多かったような気がするけど、俺の周りだけだったのかな。

死ぬ気になったらなんでもできるなんて嘘っぱちだし、生きてりゃ良いこともあるさというのも、良いことがある(かもしれない)だし。
セルフネグレクトも含めたら、生きるのを止めようとしている人たちはものすごく多い気がする。
なんかないかなぁ。





女教皇
心を鎮める。
静かに見つめる。





女教皇・ペンタクルスace
扉が開き、道が出来るのを待つ。待つ間は退屈だから耕す。




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2017年11月2日木曜日

11月3日(金)女教皇・カップ6

半月ほど写真三昧の日を作りたくてたまりません。紅葉とか収穫の田んぼとか撮りたい。
人物も撮りたい。




今日は、東京秋葉原占いマクトゥーブに12時から21時ころまでいます。

今月は、女教皇。
今日は、カップ6。

カップ6
見たまんまのイメージでOKでしょう。
ここには安らぎや子供時代の懐かしい思い出が描かれています。

懐かしいもの、懐かしいものが呼び起こすもの。そのような意味合いがあります。




意識してるかどうかの違いはあるけれど、今の自分は過去の積み重ねで成り立っている。
過去って何だろう。

どこを探しても過去は無い。
記憶か傷跡で思い出すしかない。

不思議。






幸いなことに、あの頃に戻りたいという年代がない。子供時代に戻りたいということも一切ない。いま64歳、一番安定している。楽だ。

懐かしい時代や場所はあります。70年代の麻布十番。
数年前に行ったけれど、すっかりオシャレな街になっていました。
楽しかったというか苦しかったというか。キラキラ光るガラス管の中に真っ赤な地図の花が咲いていた。

あの頃の傷跡が残っている。少しばかり身体の自由が失われました。まぁ、マシなほうだ。





過去の積み重ねの上に、新しい関係を築くという意味もカップ6にはあります。
今日は、無垢でいこう。





女教皇
TORA
少し前から宮沢賢治が頭をグルグルしてるんで、とうとう「法華経大全」という本を買いました。
まだ読んでいないんだけどね。

宮沢賢治が法華経に心酔していたのは知っていたけど、国柱会とは知らなかった。国柱会って右寄りの印象があったんだ。
血盟団も日蓮大聖人の血脈だよね、法華経は右に行く何かがあるのか、そこにも興味がある。





右も左も。
白い柱と黒い柱で支えられた世界。
中道を行こうとすると、イチジクとナツメヤシのベールが最終関門として出てくる。これをめくるというイメージで進む。






女教皇・カップ6
今日過ごす場所、会う人が何年か後に楽しい思い出になりますように。




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11月2日(木)女教皇・カップace

クロードモネの睡蓮です。

今日は休みです。時が過ぎるのは早い。来年の暦が届きました。
一年間があっという間に過ぎる。歳を取ると、時間の感覚が変わるといわれています。いっそう早く感じる。

今月は女教皇、今日はカップエース




カップエース
出た記憶があまり無い。

丸い十文字は聖体です。そうするとカップクィーンと同じように、カップはたんなる盃ではなく、聖杯という意味が強く印象付けられます。

水が四方向に流れ出している。
四つのエレメント、四海、あるいはエデンから流れ出している川。

下に描かれている水の中から睡蓮が咲いています。
水中から咲く花は神秘的なものの象徴です。




頭上の聖なるものから注がれた水が下にあるもの(この世)を潤す。
潤ったものは、自らのなかにある神秘的なものを開花する。

小アルカナを通して大アルカナを感じてください。
水をそそぐタロットカード。








女教皇
白い柱と黒い柱に支えられた、こちら側の世界からベールの向こう側の世界を憧れる。

いま気が付いたが、このタロットカードの水平線の位置が高い。これだけ高く描かれているのは、他に一枚だけです。あっちも静寂を感じさせる。






女教皇・カップエース
静かにして、注がれる水を感じる。






時が来たらベールの向こう側の世界を観ることができるかな。





不思議。64年間が幻のようだ。
冬のカトマンズで飛行機に乗り遅れ、査証も切れかかり、金も残り少なくなり、雨漏りのする安宿で寒さに震えていたのは俺だったのだろうか。

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2017年10月31日火曜日

11月1日(水)女教皇・カップ7

東京秋葉原占いマクトゥーブに12時から21時ころまでいます。
早いねぇ。もう11月ですよ!寒くなりました。
 

今月のテーマは、女教皇。今日のテーマは、カップ7
大アルカナが一ヶ月、小アルカナが一日のテーマなんですが、月の大アルカナが皇帝と女教皇を行ったり来たりしている。ランダムに選んでいるんですが、これも必然なんでしょう。

カップ7
人物が黒い。
いろんな色の絵の具を混ぜると黒になってしまいます。そういうイメージのタロットカードです。
あれもこれもと欲しがると黒・不安になってしまう。

それに、欲しがっているものは雲の中で空中に浮かんでいます。
まだ地面についていないし、手にすらしていない。
ただ、どれも手に入らないので絶望とか失望を意味はしません。

「よし!これだ!」と決意をして7つのカップのうちで一つを手に入れる。

欲しいものを、しっかりと心の中に描きましょう。
ぼんやりとした幻を、明確な夢にする。





女教皇
 It is partly covered by her mantle, to shew that some things are implied and some spoken.
それは部分的に彼女のマントルで覆われています。

僕が非エリートという劣等感もあるからなんだけど、秘儀や秘教、一子相伝などというものに反射的に拒否感を感じてしまう。

大パリニッバーナ経には、仏陀は全てを教えたと書いてある。「大パリニッバーナ経」って名詞って名詞は英訳すると、グレートフルデッド?

このタロットカードが出たときのアドバイスの一つに「心を鎮め見つめる」ということがあります。
心がざわめくときは本質が見えない。





女教皇・カップ7
心を鎮める。そして心に問いかける。
「なにが必要?」
そして、理に合わない答えが返ってきたら、心の求めに応じないこと。




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2017年10月30日月曜日

10月31日(火)皇帝

クリムトです。今はパブリックドメインになっています。いい時代だね。ネットでいろいろな絵画や小説に触れることができる。

今日は横浜関内占い月天子に12時から21時ころまでいます。

今月は皇帝がテーマ。
そもそも、EMPEROR・皇帝とはなんだろうかと思いました。
皇帝という称号を使い始めたのは、秦の始皇帝が初めてのよう。日本でも昔は天皇も皇帝という称号を使っていたようです。

他にも「世界をよく知るもの」という意味があるみたいです。タロットカード的には、こちらをとりたい。


ⅣTHE EMPEROR
どの世界をよく知っているのか。
荒野の世界でしょう。


荒れた土地を開拓し豊穣の土地にする。これはアンク十字や宝珠からも連想されます。
最古の家畜でもある羊を放ち生活を豊かにする。現実的な豊かさ、これは四角い石の台座から連想されます。

ゲームに譬えたら、「シムシティ」や「A列車でいこう」を思い出します。ウォーゲームじゃないね。これは「思考世界の王」と述べられていることにも関連する。





この世
ほとんどの人にとっては目的地があり、目標があり、そこに向かって進む道だと思う。
険しい時も、なだらかな時も、泥沼の時もあるけど、道。

ごく一部の人にとって、この世は「荒野」
人の気配も無く、獣道すら無く、道標すら無い。地図も無い。どちらに進めばいいのかわからない。どうすればいいのかすら分からない。荒野。






荒野にいる時に心がける点。
経験から言えるのは、体力が重要なポイントです。身体の健康そして体力の向上をはかってください。心の安定は二の次。虫歯なんて論外だからサッサと治療する。

できるだけ頑丈な体を保つこと。これで生き延びること。
いずれ、自分の道を切り拓くことになります。
「焦らないように」というアドバイスが届くか不明だけど、できるだけ心を鎮める。瞑想はお勧めします。
短絡的な行動で自分を傷つけないことも、とっても重要です。




荒野を開拓し、安定し、落ち着いたら笑い話になるから!




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2017年10月29日日曜日

10月30日(月)皇帝

横浜関内占い月天子に15時から20時ころまでいます。
腰のブロック注射に行くために開室が遅れます。腰がボロボロ(涙)
痛いんだよぉ。

今月は皇帝がテーマ。
今日は小アルカナを通してではなく、皇帝を実践してみようか。


皇帝
このタロットカードに(皇帝)という名前を付けたことそれ自体がアルカナだと考えています。
女教皇や法王と違い、彼の背後にあるものは神秘や超越存在ではなく、荒野そのものです。

ここで白骨の御文章を持ち出すまでもなく、僕たちの人生は荒野です。今夜のご飯を愛する人と食べたいと、どれだけ強く願っても叶うかどうかは分からない。
荒野の中でどう生きるか、そこにスポットが当たるタロットカードです。

四角い石の台座。羊の彫り物。
手にしている宝珠とアンク十字。
これらの象徴から、今いる立場の安定と豊穣を考えてもいいだろうし。

あるいは、赤い服や鎧から、情熱的に獲得することを考えてもいいでしょう。







このタロットカードから神の絶対性をみるのは違うとも述べられていたような気がする。
as an expression of virtualities contained in the Absolute Being--but this is fantasy.
絶対存在に含まれるバーチャルの表現として - しかし、これは幻想です。

僕は、このタロットカードから人間、いや命の大きな可能性を観る。
そう、可能性であって成功を意味するタロットカードじゃない。

思考世界の王とも述べられています。深く思考し続ける。
念じる。
念じるとはいつも心に思うことと岩波仏教辞典に書いてありました。 

もしかすると、念ずればつうずというのは本当かもしれません。

なにを心に思い続けましょうか。



どのように生きるか。


ここ数日、なぜか「100万回生きたねこ」を思い出しています。
「アルケミスト」や「100万回生きたねこ」のように童話や寓話のようにしか語れない”ことば”があるんじゃないかな。


女教皇逆位置のような、佇んでいた時代。
月のような、ルナティックな時代。
愚者のような、ヒッピーの時代。
3回は生きた!
そして、ゼロから創ろうと一昨日決心した。

次はもう書かれていた。
運命 2017年6月25日(日)

ヒッピーは続けて良いみたいだ。これは嬉しい。





「100万回生きたねこ」を教えてくれた子は元気かなぁ。
セクマイも今の時代だったら少しは楽に生きられたかもしれないね。
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